"qualia" glass.

"qualia" glass.

「9年目かな。場所はどこでもよかったんだけれど、美濃加茂にはちょうど実家の土地があって、それでここに工房を作りました。私の場合、ガラスという素材を使って何かを表現したいとかではなくて、なんていう事のない単純なコップでも、何かちょっとしたところ、これの、ここの感じが”なんか良いよね”というものが作れたら良いなと思って。それに当てはまる言葉を探してたら、茂木健一さんの本やったかな、で『クオリア(感覚質)』っていうのを見つけて。それで”qualia-glassworks”という名前にしました。同じようなものがたくさんある中で、ちゃんと言葉では表現できないんだけれど、何かぐっとくる感じっていう。わかりやすく良いもの、というよりはそういうものが作れたら良いなと思っています。」

ここ数年の間、林亜希子は毎年、年のはじめにGALLERY crossingで新作を発表する個展を開催している。中でも今年は、独立以来ずっと作り続けてきた定番のガラス照明を全面的に見直し、新たに発表するための準備を進めてきた。 「最近は改めて、ガラスの照明が好きだなと感じています。実は去年の展示が終わってから、何度も部品の試作を作ってもらっては修正したりして、それに合わせてガラスの形状も何度も作り直しています。極端には変わらないけど、それこそ本当に“クオリア”と言う点ではこの変化は重要かなと思います。実際、細かいところは、前よりももっと良くなってると思う。もちろん9年前より技術も上がっているから、仕上げの加工の仕方も前より時間と手間をかけたりしています。今までは”商品”を作るという感覚が強かったけど、最近は”作品”っていう感覚が強くなっていますね。情熱の方向性が変わったというか、大事だと思うポイントが変わってきた感じがしています。全体のサイズが揃っているということよりも、一個一個の形の綺麗さやバランスにこだわることとか。作家として、作っているものを一つの作品として仕上げていくことが楽しくなってきました」。

作品のラインアップが独立当初からあまり変化がないように思うのだけれど。とたずねると、たくさんの種類を作るよりも、良いと思うものができたら、それをどんどん作り重ねていくのが自分のやり方だと言う。同じ作業を重ねる中で、ここをほんの少し薄くするとか、広くするとか、もっとシャープにするともっと良くなる、そういうことを繰り返す方が、種類を増やすことよりも大事だと考えている、と。

その仕事について聞いていると、この、非常に地味なものづくりの姿勢こそが、林亜希子の作るものに宿る“クオリア”の核であることに気づいた。色や形を大きく変化させるのではなく、毎日制作を重ねる中で加えられる微々たる変更点の重なりが、作品をパッと見たときの印象の明らかな違いにつながっている。

工房には自作の道具や作業台が並んでいて、どれもこざっぱりと無骨な感じのものばかりだ。アメリカ製の大きなガラスの窯、様々な形をした鉄製の道具類、床を這うオレンジ色のコード、業務用の扇風機。工房を我が物顔で歩きまわるのは最近家族に加わった猫のミーコだ。まだ若い猫らしく、あっちへこっちへと、興味の向くままうろうろしている。実際に、制作の様子を見せてもらう。高温の炉で溶かされたガラスを竿に巻きつけ、息を吹き込み、成形する。柔らかい素材がみるみる形を変え、全身を使いリズミカルに作られていく工程は見ていて飽きない。

“qualia-glassworks”の工房では、林亜希子がひとりでデザインから制作までの全ての工程を行なっている。作品は一見プロダクトの様な均一さを持ちながら、手吹きガラス特有の柔らかな質感や、光の揺らぎ、不均等な美しさに魅力がある。一杯の水を飲むとき、その瞬間にさりげなく美しさという価値を添えてくれるグラス。それは決して大きな声では主張しないけれど、暮らしを心地よく整える。

工房を後にして、私はまだ「クオリア」を構成するものへの明確な答えを得ていなかった。おそらくそれは、ひとつのものではないのだろう。傍目に見ると、ここ数年で、彼女の作品は、柔らかさの裏側に強さを纏うようになったように思うが、それは言葉にはうまくできない“なんか良い感じ”に、“なんか”ではない確かな裏付けが現れてきたからなのではと考えている。「クオリア」を構成するものへの答え、それは彼女の白いジムニーであり、業務用の扇風機であり、最近新しく家族になった猫のミーコ、彼女が選ぶ全てのものの集合体、日々無意識に繰り返す呼吸のようなものなのだろう。


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